弔いは、生きる者の為の儀式だ。
そのような事に手を煩わされる事は無いと、彼はいつも言っていた。
そしていつも白装束を纏っていた。
それは覚悟であり、準備であったのだと。
僕はやっと気がついた。

[此れが最後だと思うと]


僕は棺を開けた。
透けるような白い肌は相変わらず、……いや、さらに青白くなっているように思えた。
それでも着ているものがいつもと変わらぬせいか、特に変化は見受けられない。
眠っている様に見える。
しかし、触れてみると体温を感じることは出来ず、それが自分の錯覚だと判った。
綺麗に梳かれた、金糸のような髪に触れる。そして、掻き回して乱した。
それが何故か嬉しくて可笑しくて、僕は彼に頬を寄せ、少し笑った。
彼方此方に触れてみる。
額から頬を伝って、そして唇。色を失ってはいたが、感触は妙に生々しい程、柔らかだった。
下唇の形を何度かなぞってみた。それだけでは足りず、こじ開ける。
そこに自らの唇を被せた。
「ん……っ。」
しかし、直ぐに離して呟く。
「眼鏡、邪魔ですよ?」
そう言うと、僕はさっさと外しその場に落とした。それは小さな音を立てて、床に転がる。
僕は満足気に微笑んでもう一度、唇を重ねる。
舌を出して、差し入れた。苦味を感じたが、気にならなかった。
唾液で濡れるのも構わず、ただ一心に、全てを味わうように舌を動かす。水音だけが響いた。
答えてくれない彼の舌がもどかしくて、角度を変えて幾度となく絡めて吸い上げた。
また、一際大きな音がする。
「っん……は、はぁっ……暑いよぅ……。」
ぱた、と唾液が垂れた。彼に添えられた白い花の上に落ちる。
濡れた唇を拭うのさえもどかしく、僕は自分の服のボタンを外し始めた。
体が熱くて仕方が無かった。
もっと触れていたくて、僕は棺の縁を乗り越え、彼の上に覆い被さった。
白い花の花弁が、舞い散る。
胸の上で組まれた両手を下ろして、彼の服を開けた。
全ての皮膚を擦り合わせるようにして、身を寄せた。
熱くなった僕の体に、冷たい彼の体が心地良い。
「気持ちい……。」
このまま溶けてしまうような錯覚。
僕の熱で、彼を温める事ができるだろうか。ふと思い、腕を回して抱きしめる。
僕は彼の冷たい体に手を伸ばした。まだ形があることを確かめるように、ゆっくり線をなぞってみた。
相変わらず何の反応も無かったが、それでも僕は自分の体が更に熱くなるのが判った。
僕は口角で悪戯っぽく笑うと、着ている物を全て脱ぎ捨て、昂ぶった自らのものを冷たい手を取って押し付ける。
「っあ……んぅ……。」
鼻に掛かった、不自然なまでに高く、甘い自分の声だけが響く。
僕は恍惚として、夢中で腰を動かした。
止まらなくなっていた。
淫靡な濡れた音も、零れる嬌声も抑えず、僕は一心に快楽だけを求めた。
どうせ、今この部屋にいるのは僕と、彼だけだ。
時間が経つのすら忘れて、僕はひたすらに自らの興奮を頂点まで追い上げる。
「んぁ……、ぁああっ……っ!」
どくん、と僕の何かが登りつめて、弾けた。
僕は肩で息をしたまま、ぐったりと彼に凭れ掛かった。
相変わらず、傍にいるだけで心地良い。
白い花が、甘く芳香を放っていた。肺一杯に、それを吸い込む。
鼓動を落ち着かせようと、僕はもう一度深呼吸して、彼に寄り添った。
体中の力が抜けるような安堵感と、どうしようもない切なさが同時に僕を包んだ。
少し狭い箱の中で、僕と彼は二人きりだ。
「ねぇ、このまま閉めたら、誰か気がつくかな?」
僕はそう訊いて、笑った。
まるでかくれんぼをする子供みたいに、楽しかった。


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