止血、弾丸摘出、止血、縫合、心肺蘇生、輸血。
鼓動は?出血量は?意識は?鼓動は?
超えられないモノが僕を押し潰す。
ああ、何度も見てきた。
僕が一番近くで見てきた、これは―――
[Tのページ]
何時までも君は誰よりも綺麗。
「大丈夫、また僕が、全部全部治してあげる。僕の愛しいエリザ。」
小さな家。此処は僕たちの世界で、世界に生きるのは二人だけ。
「血が止まって良かった。 でもきっと足りなくなっているよ。」
さっきあれだけ出血したのだから、急いで輸血をしておくべきだろう。
まだ準備中のこの場所には輸血用の血液なんて無いから僕は自分の血液を使う事にした。
辺りに飛び散る脳漿と血液を踏みながら、僕は器具を取りに行く。
手馴れた動作で血管同士をチューブで直接繋いでしまう。これが一番早くていい。
作業を終えて、僕はエリザを安心させるように微笑んだ。
見開いた青い目が、長い睫が、全てが綺麗で僕はどきっとした。
頬に触れて、それ以上はどうしても恥ずかしくて、僕は黙って治療に専念する。
今日からは世に認められた夫婦なのに。逆にそれを意識しているみたいだ。
今の僕は医者なのだから、雑念を振り払わなければ。
輸血を終えて、僕は縫合を終えた額の傷口に触れた。
「……跡なんか残らないようにしてあげるから、安心して。」
開かれたままの唇を指でなぞってみる。
「も、もう夜だね。」
診察台のまま、という訳にも行かないだろう。
僕は優しくエリザを抱きかかえて、寝室へと運んだ。
真新しいふかふかのベッドの上に彼女を寝かせる。
エリザは大人しく僕のされるがままだ。
どくん、と心臓が大きく脈打った。
こんな時どうすればよいのか。僕は知らない。
でも、夫婦というものがどういうものなのか、知識はある。
僕たちは夫婦で、今日は初夜だ。性交するべきところなのだろう。
性交というのがどういうものかは、医学書で読んで覚えているのだが。
「ど、どうしようか……」
エリザは黙ったまま答えない。
僕は意を決して、血塗れになったエリザの服を脱がせ始めた。
指先が震えていて、なかなか上手くいかない。
エリザの躯を起こしたり、また倒したり、うつ伏せにしたりしながら、僕は何とか衣服を全て剥ぎ取った。
白くて滑らかできめの細やかな美しい肌が露になる。
僕は思わず、唾液を飲み込んだ。
人間が興奮したときの反応だ。
事実、僕の躯は男としての反応をしっかりと示している。
どういう方法で男女が交わり、子を為すのか。
医学書の知識はあったものの実際にエリザを目の前にすると、なかなか上手く行かない。
一度本で読んだ手術は、今まで一回で成功させてきたのに。
静かに横たわるエリザを見ていると、何とも言い難い妙な気分になる。
僕も服を脱ぐと、衝動的にエリザを抱きしめた。
そして、医学書に載っていた通り挿入を試みる。
だがエリザのその部分は固く閉ざされていて、僕はそれ以上躯を進められなかった。
仕方なく、医療用の器具でそこを開いて固定する。これで今度は成功するはずだ。
僕は再度エリザの体内へと向かった。
ゆっくりと、僕がエリザに呑まれていく。
エリザは見開いた瞳を、どこか虚空に向けていた。
「あ……っん…… エ、エリザ……」
僕はエリザ、エリザと呼びながら夢中でその躯を突き上げた。
何度か腰を動かしているうちに、僕は背筋をゾクゾクとしたものが這い上がり、同時に一点に血液が集中するのを感じた。
何も考えられず、夢中で腰を動かしつづけ、僕は訳も分からぬまま体内の熱をエリザの胎内へと放出していた。
これで良いに違いない。間違いなく本の通りにやれただろう。
僕はまだ眩暈を覚えるような感覚の中、満足して笑った。
エリザの躯を綺麗に拭くと、またもとのように服を着せなおした。
エリザは静かに、静かに眠っていた。
これ以上無い程の幸福感の中で、僕たちは結ばれたのだ。
これから、二人だけの幸せな生活が始まるのだ。
僕は静かに眠るエリザを抱いて、何度も繰り返し口付けた。
今僕は、とても幸せだ。
朝も昼も夜も、ただそうしてずっと二人で過ごした。何日も、何日も。
エリザだけが、僕の全て。
僕は世界の何よりも大切なその寝顔を、いつまでもいつまでも眺めつづけた。
段々と形を変えようとも関係なかった。エリザはエリザなのだから。
ある日、僕は激しいノックの音で目を覚ました。
確認に行くのも億劫で、それになによりエリザから一瞬でも離れたくなくて、僕はその音を無視しつづけた。
そのうち、扉を蹴破って、数人の男が部屋に雪崩れ込んでくる。
「うるさいなぁ…… エリザが起きてしまうじゃないですか。」
「な、何だ……お前、何をしている?」
僕は二人の時間を邪魔された事に、酷く腹が立っていた。
「何をしているって……人の家に上がりこんできて、貴方たちこそ何ですか?」
男たちが何かを喚く。
狂っている。酷い臭いだ。死んでいる。腐っている。既に手遅れ……
僕はエリザをこの男たちから守るため、強く抱きしめた。
しかし、エリザの身体はずるりと腕を滑った。
エリザには指一本、触れさせはしない。僕は庇うように覆い被さる。
「ひっ……と、とにかく……連れて行くぞ。」
此処に居るのは僕らだけ、此処は僕たちの世界だ。
この男は、何を言っているのだろう。
男たちは、僕の腕を掴むと、無理矢理引っ張った。
腕の中から、エリザが滑り落ちてしまう。
「触るな……」
「し、しかし……」
「さわるなぁあああああっ!! 死んでいる? そんな訳無いだろう?」
そう、エリザは誰よりも、いつまでも綺麗。
僕はその体をずっとずっと抱きしめていた。
愛しいエリザ。愛しいエリザ。愛しいエリザ。愛しいエリザ。愛しいエリザ。
僕たちの愛は永遠。いつまでもいっしょだよ。
―――貴方が彼の部屋に入ったとき、どのような様子でしたか?
―――ええ……それはもう凄い臭いでした。彼は酷くやつれていて、部屋の中で一人腐乱した死体を抱えていたんです。
―――死体は、どんな状態でしたか?
―――そうですね……既に死後数日経過しているようで―――
けたたましい音を立てて、机の上の物が下に落とされた。
―――……が青年の部屋……たときには……女性の遺……に腐敗を始め……
転がったラジオから、ノイズ交じりの無機質な声が喋りつづける。
―――青年……女性の墓……遺骨を持ちだ……現ざ……逃走中……
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