[いとけし手 -The crow side-]


「どこだっていい!」
リゼルグが叫ぶ。
「どこだっていいんだよ!!」
その言葉通りの力強さで、リゼルグはメイデンの手を取る。
力任せに握られ、メイデンは少し痛みを覚える。
だがそれは、確かに自分の肉体に感じられた痛みだった。
懐かしささえ感じるその痛みに、メイデンは大きく目を見開いた。
「わ、私に行けるところなんてどこにもない……っ!!」
しかしその言葉に、リゼルグは頷いた。
「それは、僕もだ。」
リゼルグにはメイデンの赤い瞳に映る自分の姿が、先ほどよりも鮮明に見えた気がした。
「でも、一緒だから。居場所だから。だから行けるから。」
たどたどしく、リゼルグが言葉を並べる。
繋がりを持たない言葉ではあったが、一つ一つが意味を持ってメイデンに届いた。
メイデンの目が、揺れる。
「大丈夫だから、生きるから。僕も君も、できるから、生きられるから。」
リゼルグは握った手に更に力を込めた。
メイデンが眉を顰め、それでも少し微笑んだ。
リゼルグの細かい震えと、込められた力と、熱が繋がった手を通して伝わってきた。
メイデンには、残された片方の腕からリゼルグの思いが全て流れてくるように感じられた。
目が合った。暗闇の中、二対の瞳が光を湛えていた。
「行こう!」
リゼルグは自らの白い上着を脱ぎ、メイデンを包んだ。
多くの傷跡が、血痕が、汚れが、その真っ白な服に覆われた。
同時にリゼルグの腕も、メイデンの肩に優しく触れる。
体が触れ合うことで、伝わってくるリゼルグの震えが大きくなったように感じられた。
その時、震えているのはリゼルグだけではなく自分もだとメイデンは気がつく。
それでも胸の内の全てを吐き出すように、メイデンも答えた。
「ええ!」
小さな掌が、石室の重い扉を開く。
扉が軋んだ音を僅かに立てた刹那、冷たく硬い廊下を、二人は必死で駆け出した。
そして、この外へと続く扉を一心に目指した。
窓の外はまだ、朝焼けすら迎えぬ暗闇が広がっている。
その外へと飛び出した瞬間、強い潮風が吹きつけた。
その中を、潮風などに飛ばされぬ小さな足音が二人分、足早に遠ざかっていく。
箱舟に反響していた足音は、やがて広い砂浜に吸い込まれる。
小さな手が、ふたつ熱くなる。
まるで繋がった部分から熱を持つようで、その熱はやがて全身を駆け巡る。
体の中を驚くほど速く、血液が廻っているのを感じた。
「震えていますよ……?」
走りながら、メイデンがリゼルグに言葉をかける。
「……大丈夫。」
声の限り、リゼルグが叫ぶ。
「大丈夫だから!僕が守るから!!」
日が昇るのは一体、いつ頃なのだろうか?
手の震えは一向に止まらなかった。
それでも目の前の景色は速度に合わせ次々流れる。
メイデンは、世界のためでは無い祈りを捧げた。
初めて、自らとその手に繋がった未来のためだけに。

海が、どこまでも広がっていた。

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